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「光 テート美術館展」国立新美術館
国立新美術館
〒106-8558 東京都港区六本木 7-22-2


「テート美術館展 光 」国立新美術館
「テート美術館展 光 」国立新美術館
「テート美術館展 光 」国立新美術館

 本展は、英国・テート美術館のコレクションより 「光」 をテーマに作品を厳選し、18 世紀末から現代までの約 200 年間におよぶアーティストたちの独創的な創作の軌跡に注目する企画です。

 「光の画家」 と呼ばれるジョゼフ・マーロード・ウィリアム・ターナーや風景画家の名手ジョン・コンスタブルといった英国近代美術史を彩る重要な画家たちの創作、クロード・モネをはじめとする印象派の画家たちによる光の描写の追求、モホイ=ナジ・ラースローの映像作品やバウハウスの写真家たちによる光を使った実験の成果、さらにブリジット・ライリー、ジェームズ・タレル、オラファー・エリアソン等の現代アーティストによってもたらされる視覚体験にまで目を向けます。

 本展では、異なる時代、異なる地域で創作された約 120 点の作品を一堂に集め、各テーマの中で展示作品が相互に呼応するようなこれまでにない会場構成を行います。  絵画、写真、彫刻、素描、キネティック・アート、インスタレーション、さらに映像等の多様な作品を通じ、様々なアーティストたちがどのように光の特性とその輝きに魅了されたのかを検証します。

会期: 2023 7.12 [Wed.] 10.2 [Mon.] 東京展は終了、大阪展で開催。
休館日: 毎週火曜日
開館時間: 10:00 ~ 18:00
(※毎週金・土曜日は、20:00まで)
※入場は閉館の30分前まで
会場:
国立新美術館企画展示室2E (東京・六本木)
主催:国立新美術館、テート美術館、日本経済新聞社、テレビ東京、BSテレビ東京、TBS、BS-TBS

・・・・・・・・・(巡回展)・・・・・・・・・
大阪展は終了しました。
会期・会場・大阪展: 2023 10 月 26 日 (木) -2024 1 月 14 日 (日)
大阪中之島美術館
(大阪・中之島公園内)

主催・大阪中之島美術館、テート美術館、日本経済新聞社、テレビ大阪、京都新聞、神戸新聞社


'2023 7_11 「テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」 のプレス内覧会風景と、図録、「PRESS RELEASE」などからの抜粋文章です。
・画像をクリックすると 「開会式のご挨拶」
ポリー・ステイブル(テート英国美術館コレクション・ディレクター) & 逢坂恵理子 (国立新美術館 館長) & 板垣李光人 (本展アンバサダー、俳優)」 がご覧いただけます。

オープニングご挨拶「テート美術館展 光―ターナー、印象派から現代へ」国立新美術館

テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」
オープニング '2023 7_11
国立新美術館 (東京・六本木)




「テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」 展の図録、Press Release、プレス説明会、他よりの抜粋文章です ―

「テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ
【見どころ 】
1 光とアートをめぐる 200 年の軌跡を体感 ―数え切れない表情を見せる 「光」 をどう作品で描くのか。 新たな芸術表現を追求するアーティストたちはこの難解なテーマに向き合ってきました。
本展では 18 世紀末から現代までの光をめぐる表現や技法の移り変わりを明らかにします。 ウィリアム・ブレイクやターナー、コンスタンブルから、モネなど印象派、そしてジェームズ・タレル、オラファー・エリアソン、草間彌生ら現代アーティストまで、時代や地域、ジャンルを越えて 「光の作品」 を俯瞰できる会場構成です。 多様な光の表現に包まれる空間にご期待ください。
2 英国・テート美術館からおよそ 100 点が日本初出品 ―本展では英国・テート美術館の 7 万 7 千点以上のコレクションから、「光」 をテーマに厳選した約 120 点を展示します。
 このうちおよそ 100 点がの本初出品! ターナーの死後に寄贈された世界最大級のコレクションから 《光と色彩(ゲーテの理論)―大洪水の翌朝―創世記を書くモーセ》 が初来日します。 また本展は中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドで話題となってきた世界巡回展です。 最終会場となる日本では、エドワード・バーン=ジョーンズ、マーク・ロスコなど人気作家による 12 点が限定で出品されます。 ゲルハルト・リヒター 《アブストラクト・ペインティング(726)》 は日本初出品かつ日本特別出品作です。
3 光に包まれる注目インスタレーション ―会場には光を用いた大型インスタレーション(空間芸術作品)も登場します。 いずれも日本初出品となるジェームズ・タレル 《リーマー、ブルー》やオラファー・エリアソン 《星くずの素粒子》 が作り出す光の空間をご体験ください。

展示構成 (図録からの抜粋文、概要説明、他でご紹介しています。)
カタログ | Catalogue
Chapter 1 | 精神的で崇高な光 | Spiritual and Sublime Light
Chapter 2 | 自然の光 | Natural Light
Chapter 3 | 室内の光 | Interior Light
Chapter 4 | 光の効果 | Light Effects
Chapter 5 | 色と光 | Colour and Light
Chapter 6 | 光の再構成 | Reconfiguring Light
Chapter 7 | 広大な光 | Expansive Light

   


'2023 7_11 「テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」 のプレス内覧会風景と、図録、「PRESS RELEASE」などからの抜粋文章で紹介しています。


画像をクリックすると 「 Chapter 2 | 自然の光 | Natural Light 」 がご覧いただけます。

Chapter 1. | 精神的で崇高な光 | Spiritual and Sublime Light

No.06ジョン・マーティン《ポンペイとヘルクラネウムの崩壊》

 17 世紀から 18 世紀にかけて欧州は理性と秩序を重んじる啓蒙の時代を迎えました。 芸術表現にも共通する潮流となりましたが、個人の主観や感性を重視するロマン主義の画家たちはこうした価値観に疑問を抱き、精神世界への関心を次第に強めていきます。 光と陰のドラマチックな効果を生かすことで人の内面や精神性に迫り、さらには予測できない出来事への畏敬の念を絵画で表現しようとしました。
 ロマン主義に先駆者、英国の画家ウィリアム・ブレイク(1757-1827) は 《アダムを裁く神》 で自らが想像した神に後光が差すような表現を取り入れ、その姿に威厳を持たせました。
 人の内面性を描こうとする姿勢は、19 世紀末に登場する象徴主義の画家たちの思想にも重なります。 例えば英国のエドワード・バーン=ジョーンズ(1833-98 年) は 《愛と巡礼者》 で光と陰による対比的な効果を用いて、作品に強い神秘性をもたらしました。

ジョン・ヤング=ハンターNo.12《私の妻の庭》、ウィリアム・ホルマン・ハントNo.10《無垢なる幼児たちの勝利》

左・No.06 ジョン・マーティン(1789-1854) 《ポンペイとヘルクラネウムの崩壊》 1822 年、2011 年修復 油彩/カンヴァス 161.6 x 253.0 cm テート美術館 / 中・No.12 ジョン・ヤング=ハンター(1874-1955) 《私の妻の庭》 1899 年 油彩/カンヴァス 106.7 x 182.2 cm テート美術館 /右 ・No.10 ウィリアム・ホルマン・ハント(1827-1910) 《無垢なる幼児たちの勝利》 1883-84 年 油彩/カンヴァス 156.2 x 254.0 cm テート美術館   

 左・No.06 ジョン・マーティン 《ポンペイとヘルクラネウムの崩壊》 本作品は、紀元 79 年にイタリア半島の姉妹都市ポンペイとヘルクラネウムを襲ったヴェスヴィオ山の噴火がもたらした甚大な被害を想像させる。 ここで描かれているのは、スタビアの街の海岸からナポリ湾越しに見渡した光景で、前景には逃げ惑う群衆が見える。 マーティンの作品は、崇高でこの世の終焉をもたらす自然の力や、神の思し召しに立ち向かう人間の無力さを表現するものであった。 / 中・No.12 ジョン・ヤング=ハンター は、ロンドンのロイヤル・アカデミー・スクールで絵画を学んだ。 富裕層や特権階級の人々にもなじみ、のちにロンドンの文化的エリートたちの華やかな肖像画でよく知られるようになった。 本作品のモデルはハンターの最初の妻で画家のメアリー・ヤング=ハンター(1872-1947) で、1899 年にロイヤル・アカデミーで展示されると、「若々しい想像力が向かう方向を明確に示す現代的な精神による代表例」 の一つと評され、大きな称賛を浴びた。/ 右・No.10 ウィリアム・ホルマン・ハント は、敬虔なキリスト教徒であった。 ここで描かれているのは、ユダヤの王ヘロデが幼子イエスを殺そうとしていることを知ったヨセフが、マリアとイエスを連れて夜のうちにエジプトへ逃避する場面である。 イエスら親子は月明かりに照らされているが、彼らを取り囲む幼く愛らしい殉教者たちの行列はまるで天からの光を受けたように輝き、よりいっそう明るく見える。



画像をクリックすると 「 Chapter 4 | 光の効果 | Light Effects & God's Light | 神の光」 がご覧いただけます。

Chapter 3 | 室内の光 | Interior Light

ウィリアム・ローゼンスタインNo.34《母と子》

  都市の近代化がさらに進んだ 19 世紀末からは、室内というプライベート空間をどう描くかにアーティストたちの関心は広がりました。 窓から入ってくる光の効果などを作品に取り入れることで、人同士の心のつながりや、個人の内面を鮮やかに写しだそうとする試みが相次ぎました。
 英国のウイリアム・ローゼンスタイン(1872-1945 年)の 《母と子》 は親子の何げない日常を描いた作品ですが、2 人の親密な関係性を裏付けるために柔らかな光を用いています。 これとは対照的に、デンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイ (1864-1916) の 《室内》 は暗めの色づかいに統一しており、淡い光を効果的に描くことで室内の静けさ、 空気の冷たさなどの感覚を観る人に与えています。

ウィルヘルム・ハマスホイNo.32《室内》、No.33《室内、床に映る陽光》

左・No.34 ウィリアム・ローゼンスタイン(1872-1945) 《母と子》 1903 年 油彩/カンヴァス 96.9 x 76.5 cm テート美術館 / 中・No.32 ウィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916) 《室内》 1899 年 油彩/カンヴァス 64.5 x 58.1 cm テート美術館 / 右・No.33 ウィルヘルム・ハマスホイ(1864-1916) 《室内、床に映る陽光》 1906 年 油彩/カンヴァス 51.8 x 44.0 cm テート美術館

左・No.34 ウィリアム・ローゼンスタイン 《母と子》 本作品には、画家の妻・アリスと、夫妻の最初の子どもで当時 2 歳くらいだったジョンが一緒に描かれており(彼は成長して美術史家となり、1938 年から 64 年までテート美術館の館長を務めた)、窓に背を向けて座ったアリスが子どもを膝の上に立たせている。 ローゼンスタインは、自然主義的で緻密な光の描写に細心の注意を払っており、それは人物の髪、肌、衣服における光の表現から、暖炉やパネリングされた壁の周りの影と反射の複雑な動きにまで見て取ることができる。/ 中・No.32 ウィルヘルム・ハマスホイ が描いたのは、画面の外に位置する窓から差す、柔らかな光に照らされた室内である。 壁やドア、調度品に映る光と影の戯れは、この部屋を立体感のある空間として認識させるのに不可欠といえる。 一方で、女性の描かれ方は曖昧である。/ 右・No.33 ウィルヘルム・ハマスホイ 光は、ハマスホイの絵画にとって不可欠な要素である。 このデンマークの画家による作品は、オランダにおけるバロック期の巨匠であるヨハネス・フェルメール(1632-75) とも比較される、灰色を基調とした抑制された色彩が特徴である。 フランスの印象派の画家たちと同じように、ハマスは同じ部屋を一日の異なる時間帯に何度も描き、光の差し方や天候の条件などの微妙な違いを記録した。



画像をクリックすると 「 Chapter 6 | 光の再構成 | Reconfiguring Light ] & [ Chapter 7 | 広大な光 | Expansive Light 」 がご覧いただけます。

Chapter 5 | 色と光 | Colour and Light

ゲルハルト・リヒターNo.70《アブストラクト・ペインティング(726)》

  美術と工芸、デザインの総合的な教育を目指したバウハウスは、幾何学的な形態を用いて光と色の関係を考察するアーティストたちが大きな足跡を残しました。 その一人であるドイツ出身のヨーゼフ・アルバース(1888-1976 年) は、色は周辺の色との関係によって見え方が変わることを追求し、幾何学的な造形の中に色を配置することで、ある色の面が手前に見えたり、一方で奥に見えたりするといった現象が起きることを示しました。 同じくバウハウスに招聘されたハンガリー出身のモホイ=ナジ・ラースロー(1895-1946)、ロシア出身で、のちにドイツで活躍するワシリー・カンディンスキー(1866-1944 年) も色同士の関係性が生み出す視覚的効果を探求しました。 この視点は、第二次世界大戦後の抽象画家の最も重要なテーマの一つでもありました。
 1960 年代半ば、英国の画家ブリジット・ライリー(1931 年-) は、様々な色の四角形や線を規則的に配置することで鑑賞者に錯覚を覚えせる作品を発表しました。 それ以降、ライリーの作品は私たちに絵画表現における光と色の関係を問い続けています。

ブリジット・ライリーNo.71《ナタラージャ》ワシリー・カンディンスキーNo.62《スウィング》

左・No.70 ゲルハルト・リヒター(1932-現在、ケルン) 《アブストラクト・ペインティング(726)》 1990 年 油彩/カンヴァス 251.0 x 351.0 cm テート美術館 © Gerhard Richter 2023 / 中・No.71 ブリジット・ライリー(1931-現在、ロンドン) 《ナタラージャ》 1993 年 油彩/カンヴァス 165.1 x 227.7 cm テート美術館 © Bridget Riley 2023-2024. All rights reserved. / 右・No.62 ワシリー・カンディンスキー(1866-1944) 《スウィング》 1925 年 油彩/板 70.5 x 50.2 cm テート美術館

左・No.70 ゲルハルト・リヒター は、「私の絵画における中心的問題は光である」。 1964 年から 65 年の間にゲルハルト・リヒターはこう述べている。 抽象絵画と具象絵画のいずれの制作においても、リヒターは光がどのように機能し、作品の外観を超えて現実を示すことができるのかということに関心を注いでいる。 光輝く二連画の本作品(cat.70) は、2枚のカンヴァスをつなぎ合わせたものである。 画面構成においてはっきりとした具像的な要素は存在しないが、白、赤、くすんだオレンジ色の分厚い絵具の層の間から、不鮮明かつ不明瞭になった、念入りに描き込まれたイメージがほのめかされている。/ 中・No.71 ブリジット・ライリー 1960 年代半ばまでに、ライリーは反復する幾何学的パターンに基づく抽象絵画によって世界的な名声を得た。 この幾何学模様は、動きの感覚を作り出すために目の錯覚を利用したものだった。 本作品(cat.71) では画面は垂直方向と対角線方向に分割される。 それは多様な細かい色面を生み出し、色同士の極めて複雑な関係が作られる。 1981 年、彼女はインドを旅した。 「ナタラージャ」 とは、ヒンドゥー教の神話で 「舞踊の王」 を意味するシヴァ神のことである。 シヴァ神は多くの場合、複数の腕を持つ宇宙の踊り手として表象される。 本作品では二つの異なったリズムが強調され、作品の主要な要素となっている 縦に走る色の帯は斜めに切られ、ダイナミックな動きを感じさせる。/ 右・No.62 ワシリー・カンディンスキー は、祖国ロシアの民話や偶像、また、最初の妻である芸術家ガブリエーレ・ミュンター(1877-1962) と暮らした 1900 年代初頭のミュンヘン郊外の風景から影響を受けていろ。 1913 年には、すでにカンディンスキーは 「ファランクス」 と 「青騎士」 という二つの影響力のある芸術家団体の創設に貢献し、パリのサロン・ドートンヌにも複数回出品していた。 そしてニューヨークで行われた著名な展覧会 「アーモリー・ショー」 でも最も急進的な抽象作品を発表していた。 1921 年、カンディンスキーはドイツに戻り、芸術、建築、デザインの学際的な教育機関であるバウハウスで、1933 年に同校が閉校に追い込まれるまで教鞭をとった。 この作品は、カンディンスキーがヴァイマール(ワイマール) に滞在していた頃、バウハウスが 1925 年にデッサウに移転する前に描かれたものである。



画像をクリックすると 「ギャラリートーク」
マシュー・ワッツ(テート 本展担当アシスタントキュレーター) & 山田由佳子 (国立新美術館 主任研究員)」 がご覧いただけます。

マリア・バルショー(テート美術館 館長)、マシュー・ワッツ(テート アシスタントキュレーター)

「テート美術館」 (イギリス・ロンドン)

「テート美術館とは」

TATE(テート) は、英国政府が所有する美術コレクションを収蔵・管理する組織で、ロンドンのテート・ブリテン、テート・モダンと、テート・リバプール、テート・セント・アイヴスの 4 つの国立美術館を運営しています。
砂糖の精製で財を成したヘンリー・テート郷(1819-99) が、自身のコレクションをナショナル・ギャラリーに寄贈しようとしたことが発端となり、1897 年にロンドン南部・ミルバンク地区のテムズ河畔にナショナル・ギャラリーの分館として開館、のちに独自組織テートの名を冠する 4 つの国立美術館の連合体である 「テート」 へと改組されました。
7 万 7 千点を超えるコレクションを有しています。 テート・ギャラリーの本館であったミルバンク地区のテート・ブリテンは、16 世紀から現代までの英国美術を中心に所蔵。 ロンドンのサウスバンク地区に位置するテート・モダンは近代美術を展示しています。

「光が持つ色彩」 ケリン・グリーンバーグ(図録よりの抜粋文です。)

 17 世紀から 18 世紀初頭にかけてヨーロッパでは、「光」 に対して科学の観点から考慮する機運が急速に高まった。 とりわけ天文学や顕微鏡を扱う学者にとって、「光」 は自然を観察し、分析するための役割を果たした。 一方で、ルネ・デカルト(1596-1650)、クリスティアーン・ホイヘンス(1629-95)、アイザック・ニュートン(1642-1727) といった学者にとって、「光」 はそれ自体が重要な研究の対象であった。 デカルトは、宇宙のあらゆる物質は小さな 「粒子」 によって作られていると考えた。 ホイヘンスは、1690 年出版の 『光についての論考』 で、「光」 は波状の攪乱(波動) であるという考えをまとめた。 一方、ニュートンは 1704 年の著作 『光学』 で、「光」 は直進し予測可能な方向に跳ね返る粒子によってできていると主張した(光の粒子論)。 光の屈折、回折、干渉を説明するには、ホイヘンスの 「光」 の波動論の知識が必要だったのである。

 ニュートンの数々の発見の中でも、芸術家にとって特に重要だったのがプリズムの実験である。 ニュートンは、太陽光線をプリズムに通すことで、「異なる色の光線が様々な角度で屈折し、「光」 のスペクトルを作るという 「光」 の屈折の原理」 を示して見せ、目にした 「光」 の 7 色、つまり、赤、オレンジ色、黄、緑、青、藍、紫を特定した。 ニュートンのこの考えが広く認められるには数十年がかかったが、彼のスペクトルの説明は、最終的には、1900 年までの主要な色彩理論の基礎となった。
 イギリスの詩人、画家、版画かであるウィリアム・ブレイク(1757-1827) は、裸のニュートンが岩の上に屈み、コンパスを使って自らが描く図面に夢中になる姿を描いた。 この絵では、科学者ニュートンがコンパスの規則性に従うことに専心するあまり、周囲の状況に目が向いていないことが示されている。

 視覚で捉えるものよりも数学に頼っていることをニュートンの誤りだと考えたには、ブレイクだけではない。 ドイツの著述家で政治家のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832) も、ニュートンに極めて批判的だった。 彼は、1810 年の著書 『色彩論』 で、18 世紀の啓蒙主義の客観的理性と 19 世紀のロマン主義の主観的直観とを結びつけた。 ゲーテは、色彩は単なる物理的現象ではないと主張する。 色彩は、「光」 によってはじめて知覚されるような性質のものではなく、「光」 と影の調和的な混合が作りだすものだと言うのだ。 ゲーテの主張の科学的根拠については疑問が残るものの、色彩が心を刺激し感情を動かす力を持つという理論は、ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851) やオラファー・エリアソン(1967-) など、多くの芸術家に影響を与えている。



お問合せ:050-5541-8600 (ハローダイヤル)
展覧会サイト:https://tate2023.exhn.jp/
国立新美術館サイト:https://www.nact.jp/
主催:国立新美術館、テート美術館、日本経済新聞社、テレビ東京、BSテレビ東京、TBS、BS-TBS

協賛:ウェッジウッド、大林組、関彰商事、SOMPOホールディングス、ダイキン工業、DNP 大日本印刷、
大和証券グループ、三井不動産、横河電機
協力:日本航空、フィナンシャル・タイムズ
後援:ブリティッシュ・カウンシル


参考資料:「テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ」図録、PRESS RELEASE & 報道資料 、他。
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